プロフィール

わんちゃいのプロフィールと読者に伝えたいこと

はじめまして。当ブログを運営しているわんちゃいです。

節約と副業をメインに自身の経験を基に情報を発信しています。

まだまだありきたりな内容かもしれませんが、実際にやってみてどうだったのか?本当に節約になるのか?など実体験でしかわからないようなことを伝え、『ちょっとやってみたいな』、『実際どうなんだろう?』というあなたの背中を少しでも押せたらなと日々頑張っております。

ここではわんちゃいがどんな経験をしてどんな人間なのかを伝えていきたいと思いますので興味のある方はがっつり見ていってください。

学生時代(~大学中退まで)

両親、妹の4人家族でしたが小学校低学年の頃に離婚し母子家庭で育ちました。

恵まれた環境ではありませんでしたが、〝やりたいことはやらせてあげたい〟という母の想いからサッカーや空手など複数習い事をさせてもらっていました。ただ、熱しやすく冷めやすい性格でしたのでどれもやっては辞めての繰り返しでした。そんな自分を自分が一番嫌いでした。中学校に進学する際、なにか部活動で3年間を全うするぞ、と意気込んで入部したのが柔道部でした。

結果、大学2回生までの7年間続けることになりましたが、ここでの経験が

  • 忍耐力
  • 目標に対して努力すること
  • 自分と向き合うこと

など大切な経験をさせてもらえたと思っています。

元々パティシエ志望だったんですが、どうしても強くなることを諦めきれなくて大学へ進学しました。が、奨学金をもってしても足りない学費を工面するのに夜中に泣いている母の背中を見てしまった時に、こんな思いをさせてまで大学には通えないと思ってしまいました。

丁度その頃に友人からいい話があるとネットワークビジネスに誘われたこともあり、大学2回生になってすぐの5月に中退することを決めました。

最初の挫折、ネットワークビジネス(~21歳まで)

電話を商材としてはいますが、独自のネットワークを構築し電子マネーの事業を切り拓いていこうとする会社でした。

その頃はまだ未成年です。法律上未成年がネットワークビジネスをしてはいけないので母を説得して参加してもらい僕は20歳になるまでは自身では何もせず、一緒に行動し勉強していました。

ネットワークビジネスは決して法に触れるような悪い仕事ではありませんが、世の中では〝ねずみ講〟や〝マルチ商法〟と呼ばれネガティブイメージがすごかったです。

ここで人生初の挫折を経験します。いま思えば戦略も目標もなく、ただがむしゃらでした。

声をかけた友人が離れて行ったり、後ろ指を指されたり、挙句の果てには誘った当人がビジネスを辞めたこともあり僕は人間不信になりました。

自分の事を考えながらもどこかで母に楽させたいと思っていました。それがなんでこんなことに。誰も信じれない状況から軽いひきこもりみたいになっている時期もありました。上からの連絡も怖くて出れないこともしばしば。もう誰も信じない、そう思っていました。が、そんなこと思っていると人生なんにも楽しくないんですよね。気持ちはまさにこの世の終わりでした。

『こんなことでいいのか?』、『なんのための人生なんだ?』

色々考えた結果、ひとつの結論が出ました。

死ぬ間際にいい人生だったと言いたい。そのためだったら騙されても裏切られてもいいから人を信じよう。そのほうが幸せになれるにちがいない

これは今でも僕の心にあり続けています。

成績が良くないので時間も沢山ありました。人と話すことを経験したほうがいいんじゃないかとアドバイスされ、ろくに稼いでもなかったので地元の携帯電話代理店に就職することになりました。

携帯ショップ店員(~23歳まで)

その会社は中小企業ではありましたが当時6店舗を経営し、大阪府内では上位の販売成績を誇る立派な会社でした。

男女比率が1:9のほぼ女性が占める社員構成でしたので若手社員として重宝されていた気がします。この時に女性社会の難しさを経験しました。

  • 人と話し方、接し方
  • 感情の伝え方
  • 気持ちを汲み取る力
  • 観察力

など沢山の事をここで学びました。

しかしある日、機械的に契約を進めなければならない所で情が出て疎かになり、トラブルを起こしてしまいました。それは先輩を見て真似た部分もありましたが、あの人は良くて僕はダメみたいな曖昧なルールに違和感を感じ、2年で退職を決意しました。

その決意とほぼ同時期に子を授かり結婚することとなりました。

就職氷河期を乗り越え、ケーブルテレビの工事会社へ(~27歳まで)

さあ、転職と蓋を開けば就職氷河期

会社に辞意を伝えたのは年末でした。しかし、会社規則としては辞意を伝えてから2か月前はいなくてはいけないようになっていました。更に繁忙期ということもあり僕は辞意を伝えてから3か月も残らなければいけなくなりました。

さあ、転職と蓋を開けば100年に一度といわれる就職氷河期でした。若いということで選ばなければなんでもありましたが、転職可能時期が3か月先なので困難でした。年収と業務内容にも拘っていましたのでマッチする会社はなかなか見つかりませんでした。

転職サイトの登録からエージェントの登録、職業安定所も通いました。しかし退職まで結局見つからず、約2か月義父の現場仕事を手伝わせてもらいました。

やっとの思いで決まったケーブルテレビの工事会社

エージェントの方に面接トレーニング等ご協力いただいた甲斐もあり、やっとの思いでケーブルテレビの工事会社に入社することになりました。

ここも中小企業ではありましたが、元は営業の会社でした。親会社からの評判も良く、この頃はあと2年もすれば地上デジタル放送に切り替わる時期でしたので腐るほど仕事はありました。しかし人が足りない。事業拡大に伴う大量採用でタイミング良く入社できました。

ここでは設置工事と併せて材料仕入れ管理を担当させてもらえました。恐ろしいほどのザル勘定でしたので、適正管理と仕入れ交渉、再利用などを徹底させただけで1500万円/年の経費削減に成功しました。

この成果もあってか若さからの勢いもあったのでしばしば反発することも。ここで居続けても成長が見込めないと感じるようになり、独立や同業他社への転職なども検討しましたが、工務店を立ち上げたいという夢を胸にリフォーム会社への転職を決意します。

2度目の挫折、ブラック企業への挑戦(約2か月)

この頃は単純に稼ぎたい一心でした。

今思えば怪しさしかありませんが、頑張れば年収1000万円も可能という募集を見て応募しました。

いつかここで紹介できる日がくればいいんですが、ある方との出会いでここの入社を決意します。

事前に会社の評判は知っていました。しかし、ネットワークビジネスの経験から誹謗中傷は諦めた人間が書いてるものの印象が強く、面接官の人となりで信じて入社しました。

しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。入社してすぐに警察や競艇学校などでやってるようなゴリゴリの研修が1週間泊まり込みでありました。ここから各部署に行き、ノウハウを教えてもらいます。

このブラック企業での経験だけで1本記事が出来そうなので端折ります。

労働環境の劣悪さには耐えられましたが、にわか技術しか手に出来ないことと大金を稼ぐことより家族と共に過ごす時間の大切さを痛感し、2か月で逃げるように退職。

ひきこもりから飲料メーカーへ(~2019.10)

そこからの1か月はもぬけの殻状態でした。目標も気力もなく、この先どうするかも考えられないような毎日でした。

義父には『だから反対したんだ』と罵られましたが、かといって何の反論もしませんでした。いや、出来なかったの方が正しいです。

あれほど無気力な1か月はこの先経験することはないと思います。それほどの挫折でした。

しかし、この時に救いの手が差し出されます。ケーブルテレビ時代の同僚からの一本の連絡です。この人は3歳年上で僕が今まで見た中で一番仕事が出来て尊敬できる人でした。同時期に退職したこの人もブラック企業に入社、時を同じく退社、転職していました。僕の近況を包み隠さず説明するとこう言ってくれました。

『誘ってるわけじゃないけど、まだうちの会社募集してるで?』

無気力ながらにも早く働かなければと思っていましたので、とりあえず募集するか、と軽い気持ちで応募しました。

よくよく調べたら大企業のグループ会社でした。今思えばよく受かったなと思えるほどの事前準備で面接を挑みました。

晴れて社会人復帰を果たしましたが人生の目標は皆無です。つい最近に至るまでは先の事なんてなんにも考えず生きてきました。

家計を担当(2019.7~)

とあることがきっかけで家計を担当することとなり、ここからわんちゃいの第三章が幕を開けます。

ポジティブなかんじで家計を握ったわけではないので最初は地獄でしたが、ここで〝節約〟と出会います。

調べれば調べるほど色んな節約術がでてきます。文明の発展を目の当たりにするとともに無知な自分を悔やみました。

でも節約を極めている人は〝窮屈〟なイメージです。節約家は徹底して節約しているのでその馬力があるならブログしたらいいのにと思います。

僕の節約は〝楽しく〟がモットーです。

節約は結局出費を抑えているに過ぎません。極限までに突き詰めなくてもお金は思ったより浮いてくれます。適度な節約を楽しくやって副業に費やす。その副業でお金を産み出して人生を豊かにしたいです。

ブログとの出会い

ひょんなことからTwitterを再開したんですが、ここである方に魅入られました。

サラリーマンの傍ら節税のためのプライベートカンパニーを設立、不動産投資、ブログ運営など。

なにか一つでも身にしたいと感じ、気が付いたらブログを開設していました。

最後に

長々と書き綴りましたが、僕がこのブログを通して伝えたいことは、

〝あなたの力になりたい〟

です。ぼくはブログ、SNSで節約を知ることができ、副業にもチャレンジすることができました。

何気に閲覧している人も多数いらっしゃるでしょうが、ここまで読んでいただいているあなたは何か抱えているんじゃないでしょうか。

走り出したばかりの僕が言うのもおこがましいのかも知れませんが、僕のやっているところを見て、『俺でもできそう』、『簡単そう』と思ってもらいたいです。

4児の父なので限られた時間のなかで頑張っていますが、どんな人でも副業や楽しい節約があたりまえになるお手伝いが少しでもできたらと思っています。

〝行動〟と〝継続〟

この二つを胸に今日も頑張ります。